「本番には魔物が現れる」
とよく言われるけれど、たしかに成長させるだけの何か魔力はある。
ここで全てを出し切る為にこつこつ小さい頃からやってきたんだなぁ。
楽屋にいる時も逃げ出したくなるし、舞台袖でも失神しそうになるし、そんな寿命が縮まる事なんでわざわざしているのだろう。
でも、その極度の緊張感、そしてその場の雰囲気が、練習して準備してきた音楽と化学反応のようなものを起こす。
決して練習では生まれることがない、本番でしか奏でられない音楽を作り出す。
練習なんか嫌だとか、なんだかんだ言いながらも一日もかかさずピアノの椅子に座って。
半べそかきながら手さげぶくろから楽譜を取り出して。
指も柔らかくてくにゃくにゃだったから、今と違ってちょっと弾いただけで痛くなったもの。
放課後に遊んだことがなかった。遊ぶ約束をするみんなの輪を抜けてひとり家に帰る。
そうやって続けてきた積み重ねだと思うと、練習中でも涙が出てきたりする。
精神的にきつかった時期のレッスンで、先生には何も話してないのに、先生はやっぱり分かっている(分かられてしまう)。
「何があったのか話さなくていいんだ。弾いてごらん」と言われて、弾き始める前にこらえてた涙が溢れてしまって、鍵盤もぜんぜん見えない。
慰めるとかではなく、本当に嬉しい言葉をぽつりと言う。
先生は、決してたくさんの言葉は口にしない。
その後、真っ赤に腫れた目のまま弾いたスクリャービンは、いつもとなんか違っていたような。
そんな先生は、この子は何かを頑張ればまた元気を取り戻すと思ったらしく、門下の弾き合いで弾きなさいとか課題をどんどん持ってくる。
楽ではないけれど、そんな先生の温かい気持ちに本当に感謝している。
その時から、コンサートでなくても人の前で弾く、人に演奏を聴いてもらう事の大切さと、音楽が持つ「伝える力」を感じている。
聴いてもらう事で自分の考えていることが初めて相手に伝わったり、自分自身の探している答えがふと見つかったりするものなのだと。