自分が生きてきた場所が少しずつ離れていく


Ålborg, Denmark
Ålborg, Denmark

毎年夏になると、友達もいなく、語学も全く出来ず、家も決まってないまま留学生活がスタートした頃を思い出す。

頼る人もいなく、不安をどこにぶつける所もなく、時間だけが過ぎていき、この先どうしたら良いか途方にくれて。涙が枯れるまで部屋で泣いた。

 

でも、誰かに命令されたのでもなく、自分の意志で勉強しに来たのだから、と必死に自分を奮い立たせた。そのうち少しずつ新しい環境、出会い、文化に触れたいという思いがわいてきて、行動できるようになった。

 

最初の一週間は、この地に慣れる事で精一杯。

電車のチケットの買い方ひとつで、ノルウェー語の表記にやられる。移民局でヴィザの手続き、携帯の契約、そして住民登録に追われる。

 

ヴィザがもらえたら銀行の口座をつくる。大学で必要な教材や、ノルウェー語の語学学校の授業料を振り込まなければいけない。

やり方が分からないから銀行であたふたしてしまって、とっても怪しい外国人に。

 

引っ越しは4回したけれど、その度に住所変更の手続き。それができたらプリペイド携帯のチャージ…というように、一つずつ順番に分かっていく。

 

大学では、最初はエレベーターの乗り方にすら戸惑う。ボタンを押してもエレベーターが動かなくて困って、そんな些細なことでどっと気疲れする日々。

エレベーター事件はチェロ・ケースを背負った同じ新入生が助けてくれて、「この人はエレベーターを動かせる天才だ…」と、疲れのおかげで訳のわからない思考に。ノルウェー人だと、チェロが小さい楽器に見える。

 

この国で初めて大学生になったから、学生証作り、学生保険の申し込み、履修登録を済ませるのも緊張する。

そして他の学生よりいちいち手間取る。一番最初に行っても、終わって帰る時には一番最後ということばかり。

図書館のコピー機の使い方を教えてもらったときは、ノルウェー語の抑揚が心地よくて、民謡に聞こえて動揺する。

ロッカーの借り方もわからないから聞きに行き、その後パソコン室の使い方も教わる。まだまだある…。

 

練習室のシステムもわからない。え、勝手に練習していいの? とりあえずバッハを練習してると、ちょうど良いところで追い出される。

私を追い出したギター科の学生に聞くと、リストに名前を書くんだよ、と教えてくれた。あ、そうなのね。

 

大学のサイトの仕組みも、あやふや。パソコン室に行って、ヘッドホンをつけて動画を見て爆笑している隣の学生におそるおそる声かける。その学生のおかげで、宿題やレポートをネット上で提出できるように。そうやってね、少しずつです。

 

全てがノルウェー語という環境に最初はどう対処したらいいか分からなくて、涙がとまらない日が続いた。

語学が理由かは分からないけれど、授業中に突然気を失った日も少なくなかった。

それでも、マスタークラスや門下の弾き合いに少しずつ参加するようになった。少しずつ話ができるようになった。

嫌いなピアニストのモノマネをして笑って盛り上がったり、ノルウェーに来るまでどんなふうにピアノを頑張ってきたのか知りたい、と言ってくれた。

友達が1人、2人とできていった。

 

生活は、はじめてホームステイも経験した。誰かと住んでいても「自分はひとり」って常に感じていたから、寂しさもあって母の事が急に心配になって眠れないことも。

夜間の語学学校は疲れ過ぎてうたた寝してしまう日もあり、ノルウェー語が頭に入っていかない焦りが大きくなっていく。

 

そうやって、なんだか「あ、自分、新しい土地にいる」と実感したりする。

 

海外の大学に正規に入学することは、現地の学生の中に放り込まれ、他の生徒と全く何も変わらない。

外国人の学生用に用意された授業も説明もなく、周りからは「ノルウェー語、ノルウェーのやり方で」という風を感じる。

良い意味で、外国人という特別な目で見られない。

 

少しだけ慣れてくると、必要な事だけを効率よくやろうという事ばかり考えてしまう。そうでないと毎日の生活が維持できないから。

忙しく時間の無い時にそういうやり方は便利というか、勉強に集中することは大事なこと。けれど、たまには目の前の事から少し視野を広げることも大事なことだと思う。

初めの新鮮さを失って、当たり前になってなんとなく毎日を過ごしてしまっている気もする。

 

今ここで勉強していることは、自分にとって全てが信じられない、という気持ち。すごい事なのだなと思う。

 

けれど、どんなにすごい事でも、どんなに環境が変わっても、

生きていく上で必要な事は変わらない。

 

郵便物をチェックして、洗濯して、部屋を掃除して、ゴミ出しして、宿題をして、ご飯を作って、お皿を洗って、練習して、勉強して深めて。

日本にいても地球の裏側にいても、やるべき事は同じなんだなぁと。

 

大切なことを見失わないように。