一歩ずつ美術館に近づいて


緑が足元にまで伸びてきているように感じる。きっと大きなガラスの壁が外の自然を招くように工夫されているんだ。
 
そんな想像をして、時間が過ぎていく。
 
壁際に並べられた椅子に座る人々は木々と繋がっているように見える。
誰かが扉を開ける度に、緑のにおいと風が入り込む。寒い冬は滅多に開け閉めされることのない扉。開放的になれる幸せを、寒い国で何年か過ごした自分は知っている。一気に入り込んだ風は、ジュースが入ってストローが通されたプラスチックの入れ物を一瞬宙に浮かせた。扉から自分がいるテーブルはそんなに近くはないから、超能力でも見えたのかと動揺する。うっすら底に残っているジュースと氷しか入ってない入れ物は、そのまますぅーっと横にスライドした。
りんごジュースを頼んで、友達を待つ私。
友達はきっと、慌てて小走りでやってくる。ごめんなさい遅くなって。申し訳なさそうな顔できっと現れる。それを私は、大丈夫、大丈夫、ゆっくりしてたから、と返す。
こんなやり取りは、当たり前のようで当たり前ではなくて、自分にとって大切な時間で、それはこれからもそうであってほしい。
外はまだ、暗くなりたくないのか、暗くなる準備ができていないのか、精いっぱい明るさを放っている。夕方でも夜でもない時間帯というのは、季節の変わり目にやってくる、過ごしやすくて気持ちのよい日に似ている。その時しか見えない色を発する。
一年にほんの数日だけしか訪れないから、きっと気づかない人もいる。
 
エスカレーターは、どうやら中の構造がうっすら見えるようになっている。なぜだろうと理由は求めなかった。そういうものが在ることにまずゆっくり頷いてみる。永遠に、グルグルと回っていくように見える。閉館時間には止まるはずだけど。
 
 
美術館は、わりと足を運ぶコンサートホールとは違って慣れていないこともあって、自分の足音はチケットを買った後もなんだか緊張している。一歩一歩がぎこちなくて、赤いワンピースの女性や、全身モノトーンの美大生らしき若者には、足音でばれているかもしれない。でも、美術館のほうが人々がゆったりしているように思えて、心地よい緊張感と同時に落ち着くものもあるから不思議だ。
 
開場前に人が列を作って、開場すると一気に人がホールに流れ込む演奏会。休憩になると、客席からまた人が化粧室へと大移動し、休憩終わりのブザーに追い立てられるように慌てて席へと戻っていく。終演後はサイン会に列ができ、それ以外の人の群れは最寄駅に殺到する。
絵を見に行くということに出逢って、時間が決められていない安心感に気づく。
 
前を歩いてみたり、立ち止まったり。
自分なりの時間の取り方で、絵を見る。
離れてみたり、近づいてみたり。
自分なりの距離の取り方で、絵を見る。
 
まだまだ美術は知らないことばかりだけれど、以前より、絵を見たいという気持ちを一層感じて、嬉しくなった日。
ポストカードを買って帰る。数枚買った中の一枚を手に取ってじっと眺めていると、だんだん自分の表情が近づいていっている気がして。
やっぱり面白い。