弱さの中にある強さ


Kristiansand, Norway
Kristiansand, Norway

 

色んなことがある日も、

特に何もないはずの日も、

脱水症状になるかっていうくらい、泣きたくなる事がある。

 

涙がとまらないって、こういう事を言うんだって思うくらい、泣き続ける。

いつもだったら、ある程度わぁって泣いたら落ち着いて、さぁ出かけようってなって、腫れた目をなんとかごまかして、家を出るのだけれど、家を出ても涙がとまらなくて、大粒の涙でジャケットが濡れて、なんで泣いているのか分からないまま、ただ下をむいてうつむいたまま、大学へと向かう。普段はバス停に向かうけど、落ち着くために歩いてみる。自分の歩くペースよりちょっと遅めに。

そうすると、自分の今まで見えなかった景色が見えてくる。上をむいて、歩いてみる。自分の知らなかった角度が、自分の視界に入ってくる。

 

そう、まさにこんな風に。

ノルウェーの日差しが、私の涙を乾かそうとしてくれている。

 

どうしてだろう。こんなに悩むのは。なぜ。

 

と、悩んでしまうのだ。

 

悩むことは苦しい。けれど、悩み抜いて、何かが生み出される。

苦しみが在るからこそ、芸術は在る。

 

私の両親は音楽家ではない。決して裕福な家庭でもない。

でも品だけは失わないよう、育ててくれた。

 

品を失えば、全て自分が発する一言一言や、一音一音に表れる。

自分の中のスポンジが吸収していく、じっくりと。自分では気づかないところで、確実に。

鍵盤に触れる手だけではなく、感受性も大事なものだ。

 

良いものを探し求める人生は、きっと色んなものを切り捨てることになる。

何が必要で、何が大切か。先走りせず、手元のものに惑わされず、考え抜く。

人とは違う環境や、考え方、時間の使い方、価値観などによって、周りが自分の元からどんどん離れていく。

そして、いつかたった1人になる。でも何かを極めた人は、その人に感銘を受けたまた違う誰かときっと出逢うことができる。そう信じている。

 

それが、人生において大事なことなのではないだろうか。

 

自分も変わって、周りも変わっていってしまうことは、すごく不安だ。

誰もが、変わらず、今のままで楽しく過ごしたいと願うだろう。

 

でも、もし全ての人間がそうであったら、きっと自分本位なものしかこの世に存在しなくなる。これは試練だと思う。

追求することから逃げない人は、素敵だなと思う。

 

自分が誰とも違う考えを持っていたとしても、

誰ひとり自分の意見を理解してくれなかったとしても、

それは当然あること。そういう感覚は覆い隠しても、後々もっと苦しくなる。

 

それぞれが違う視点で考えたり、様々な角度から物事を見ることがなくなる。それはとても危険なことだ、と海外に出て痛感した。

 

みんなが同じ方向性や考えをもっている環境で、誰か一人でも違う意見を投げかけてみたり、 本当にこれで良いのか、と問うこと。

多少は、反抗したり考えがぶつかり合うことも必要になってくる。

 

それができている大人は、自立しているなぁと感じる。

私にとって「自立している」というのは、自分という人間と真正面から向き合っている人。

 

そう言う人は、他人に対して必要な批評ができる。

自分以外の人を批評するのは、自分に対して厳しくないとできないこと。きっとそういう人は周りに敵ができてしまうかもしれない、よく思われない事もある。だからこそ、妥協せず自分を貫くことができる人だと思う。

 

そうやって、自分自身で生き方を見つけて、磨いていく勇気を持っている大人に、自分もなれるように。

まずは、語学学校の宿題片付けないと。。。