時を重ねていくこと


先日、2年前に留学を終えてからはじめてノルウェーへ戻った。


「戻った」というのは、ただ、自分がそう言いたいだけ。それでも、

自分はそう思って飛行機に乗ることにした。
この2年間、ずっとずっと心の支えにしていた、

いつも頭の中にあった場所。
想像ではなく、実際にもう一度ここに立っている。
何度も何度も、地面をつま先でポンポンとしてみる。
うん、確かにここにいる。

もう二度と来れないという覚悟で、涙をこらえながら去った街。
軽い気持ちでまた戻ろう、と思うことのできない街。
どうしてだろう。でも、きっと温かな理由だ。

 

 

時間は流れているはずなのにふっと戻る。
地下鉄に乗って毎日音大に向かい、

楽譜でパンパンの手さげを持って練習室の空き部屋を探す。
部屋が空いてないと廊下に座って楽譜をひろげて、ひたすら待つ。


見覚えのある顔が近づいてきて、挨拶して、
試験がやばい、本番が近い、レッスン何の曲持ってこう、とか
練習室が並ぶ長い廊下には、そんな会話がたくさんある。


その一室にこもって、一つの曲のそのまた一粒の音を鳴らす。
もう一回鳴らして、聴いて。ちょっと息を吸って、はいて。

 

毎日こもっていた練習室からの眺め
毎日こもっていた練習室からの眺め


うんうん、こういう空気。
漂っているけれど、ふわふわはしてない。

自分が今日本にいるのはたしかで、
前いた場所を懐かしがったり、ないものねだりをしたり、
そういうこととは違う。

ずっとそうやって問うことは、
自分なりの戦い方だった。
葛藤なんていうほどではないけれど、
今回、航空券をとるまでも、なかなか踏み出せず、
行きのフライトでも、どんな気持ちで街を歩けばいいだろう、とか
どうでもいいようなことで緊張したものだ。

オスロの空港に降り立った途端、
何かがふっとほどけた。
それは、この地を去る時、同じ場所で、心の中で固く固く縛りつけた紐。
これから何があっても倒れないように、
どんなことに戸惑っても崩れないように、ぎゅっと食いしばって踏ん張っていた。

 

 

久々に再会した人や出逢った人は、
私が言いにくいことも自信のないことも隠したい部分も、すべて空気のように包み込んだ。
長い時間を経てここに戻ってきて自分のペースで街を歩く時間ほしいよね

と言って、そっと一人にしてくれる。
きっとこの国の自然のように、
気持ちやことばも、水や空気をたっぷり含んでいるように感じる。

 


練習の合間に友人がご飯をふるまってくれ、
作ってるあいだ座ってていいよ、と言われ、でも何もしないのも…と、
何曲かポロポロ弾かせてもらった、リビングに古めかしいピアノがあるアパート。

次の日の朝ご飯のためのフレンチトーストを姉と作って、
卵を泡立てる音だけが静かに響いていた真夜中のキッチン。

 

 

友人との演奏会で、開演前に腹ごしらえをしながら、


ピアノを始めたまだ幼いころのこと

ノルウェーに来たばかりの時のこと

今日本にいること、家族のこと

 

そんなことを話してたら火災報知器が鳴りだして

なかなか鳴り止まらなかった教会。

 

 

 

まるで先週もレッスンがあったかのように私を迎えいれ、

いつものように4時間以上のレッスンをしてくれた先生。

 

先生は、

今何をしてるのか、ピアノを弾き続けてるのか、どうして戻ってきたのか

とか、一切聞かない。

 

「はい、弾いて」。私の、音だけを待っていた。

私が鳴らす1音目に、私以上に集中している。

今回の滞在で1回きりのレッスン。

また聴いてもらえるのはいつだろうか。次は来るだろうか。

「また来週までに練習するんだよ」

そんなふうに別れの挨拶をしてくれた。

 

変わったとか変わってないとか、

そんなことをちょっと気にして飛行機に乗った時のひっかかりは、

いつのまにか消えていた。

 

今日はぼくの部屋のピアノ好きなだけ使っていいよ

と先生が去っていき、

色んな思い出がつまった先生のレッスン室でぼんやりと考えた。

何かがこみあげてくる。

 

この先生との出会いに、自分は、どう感謝していけるのだろうか。

 


ダンディーなおじさまがディナーにご招待してくれ、
ユーモアあふれるお話しと手料理で、

姉と友人、私をもてなしてくれた休日の夜。

 

ドアベルを鳴らして開いたドアの向こうから

素敵なネクタイをしめて正装したおじさまが迎えてくれ、

トレーナーにスニーカーで豪邸にあがりこんでしまった私に気づかれないよう、

そっとネクタイをはずし上着ポケットにさりげなくしまった、

おじさまの優しさ。

 

帰国するとき、このおじさまからもらったことばを宝物にしている。

どこで生きるとか、何をするとか、そういうことはもちろん大事なことだけど、

もっと大切なことは心の中にあるんだ、と。




「人生最後の日は、こんな日だったらいいな」

そんなふうに思いながら、一秒一秒を過ごした1週間。

 

あたたかな会話を交わし、親しい人たちが集って、

それぞれの方向を向いて歩いてる道を曲げなくても、ちゃんとお互いに向き合っている。

 

そういう「このまま時が止まってくれたらいいのに」とふと思う瞬間って、

不思議な気持ちになるもの。