豊かさを考えるとき


Oslo, Norway
Oslo, Norway

フィンランド留学を終え1ヶ月ノルウェーに戻った。

 

本当にこの地をしばらく離れていたのだろうかと信じられないほど、オスロの街は変わらずそこにある。
多少お店が変わっていたりはあっても、街に漂う空気や、カフェのいすに座るご老人のおだやかな背中はそのままだった。

卒業試験にむけて準備をしつつ、

大切な人と歩いた道を散歩したり、一緒に行ったカフェでひとり飲物を飲んで
お気に入りの夕日を見に行ったり
湖にブランケットを持って行って昼寝をしたり

そんなことをしながら今まで過ごした年月を思い出していた。

外国の色に染まる事がかっこいい事で、現地での生活が充実している、馴染んでいる実感を得られると思っていた。日本人やノルウェー人以外の留学生との関わりに無関心でいることでノルウェー人に受け入れてもらおうとしていたのかもしれない。

自分を隔離して磨き上げるような、余計な雑念や誘惑がなく"集中"できるようになってくると、人との関わりが少なくなる。それによって大勢の中の自分、そういう、もやもやするだけで答えは出ないことを考え始める。どんな人とでも関わる事で、孤独な留学生活に嫌気がささないように気を紛らわしていた。

何年か暮らし慣れてきて落ち着いてくると、頼られる事で自信を得ていた。それと同時に、当然のように頼まれることに対して少し距離をおくようにもなった。信頼関係を築くことの難しさを感じた。

たくさん背伸びをして生意気なことを言って
回り道をして自分の思う時間軸で歩いて
ガツンと言われてはへこんで
体当たりでぶつかって

そうやって少しずつ
突っ張っていた気持ちも落ち着いて
身や心を削られる思いをしたおかげで
尖ってた考えも一緒に削られて まあるくなったのかな。

日本に帰って来てから、大学で講演をする機会をいただいた。

人前で話すことが得意ではないから、どのような形で日本の大学生に伝えていこうかと考える参考に、

 

自分の今まで書き貯めてきた文章

撮り貯めてきた写真 

演奏して来た録音などと

全部もう一度向き合ってみる。

引っ込み思案で遠慮と不安のかたまりだった自分の文章は情けなくてどうしようもないのだけれど、今読むとなんだか微笑ましい。
そして不思議なことに、その文章と同時期に弾いた録音は意外と芯が通った力強い演奏だったり、人って表現方法が違うとこんなにも変わるのだなと。やっぱり相当悔しかったんだろうな。

今回、大学生に伝えるために準備をしたことで
帰国して北欧に5年いたことを実感することなく過ごしていた私に、
ちゃんと振り返る、向き合う時間を与えてくださったのだと思う。

 

考えすぎる、気付いてしまう、感じ取ってしまう。

そういう、苦しんだり、傷つく原因でしかなかった生き方も、

それによって生まれた音もあって、

きっと不器用な生き方だからこそ浮かんだ文章や気付けた一瞬をおさめた写真があって

今はこれも良かったのかなと思える。

 


先日、北欧留学のきっかけを与えて下さった方と再会して、
これからの事について色々言われることはあっても精一杯やろうと決意を固めたけれど、やっぱり色々な迷いや気持ちの揺れがあって、
言葉がなかなか出てこなくてどんな表情をして良いか分からなくて下を向いてしまっていたら、その方が

「帰ってくることは、大変なことよ」

と、そう私に言葉をかけてくれ、思わず目がうるんだ。

「行く」ことが勇気がいることであれば、帰って来る決心をすることもそれだけ勇気がいる。

環境を変える行動を起こしたことや経験自体まで消えて行く、消されてしまうのが怖いと感じることは決していけないことではない。大切なのは、その自分の中の不安から目をそむけないこと。

満員電車の窓から飲み屋の看板がひしめきあっている景色が見えて、
自分はリクルートスーツを着て

まるで二十数年ピアノをやってなどいなかったかのように
まるで北欧で数年もがき苦しんでなどいなかったかのように

普通の学生と同じように見えているのかもしれない。
でも、自信はなくても誇りは持って歩いていきたい。

北欧で過ごしていたような すこやかな時間をはっきりと思い出せなくなるかもしれないけれど、それは悲しいことなのかもしれないけれど、ぼんやりとでも記憶であり続ける。
ある休日の午後にオスロのカフェで話しかけてくれた素敵なおじさまと知り合えたこと、そしてそのおじさまが卒業試験コンサートに聴きに来て下さって、終わってから送ってくださった嬉しい文章が私の心の中にあればそれで良い。

「あなたがノルウェーを離れることで きっとこの国は輝きを失うでしょう
 しかし あなたが日本に帰ることで あなたの国は豊かになるのでしょう
 いつかまた 私たちの国を豊かにするために戻って来てください
 私たちは いつでもここであなたを待っていますよ」

恋しくても、もっと過ごしていたくとも、もう一度戻りたくても
実際に、いつかまた行けることより、また行きたいと思える場所が地球のどこかにあることが嬉しさ。
それだけで、どこにいても、例え大きく人生が変わっても、心の支えとなる。