Club 8


最近聴いている私にとっての癒しの音楽がある。

Club 8の曲を聴いてると、

 

美容院のシャンプー

長いフライトでもらう、ミントの香りのウェットティッシュ

寒い日の澄み切った空

 

そういったものを連想する。

「癒し」なんて言葉にしてしまうとなんだか軽くなってしまうけれど、疲れきった体と心にそっとブランケットをかけてくれるような声。

 

朝が苦手な私は、いつも彼らの音楽をかけ支度をするようになり、だんだん朝が好きになって来た。

 

この間、オスロからベルゲンへ向かう電車の中で、6時間半ひたすらClub 8を聴いた。

窓に迫る景色が目に入って来た瞬間、自然と私の手は彼らの音楽を選んでいたのだ。

ノルウェーのゆったりした景色は、驚くほどあっさりとしていて、人が住めるのか分からないような崖にポツンとある小さな家が、遠くに見える。

細い歩道すらない高原と山が続く。

自分は今どこに向かっているのだろう。

そう思っている間に彼らの音楽に吸い込まれるかのように眠りについた。

 

気がついたら1時間ほど寝てしまっていた。

景色はすっかり変わっていた。

もう5月だというのに、あたり一面は雪で真っ白。

思わず目を3回こすった。

カバンからサングラスを取り出し、さっきの春の景色は幻想だったのか、

いや、この景色を見ている今も夢の中なのか、

それとも違う世界に来てしまったのか、

そんな事を思った。

胸の中が静かに踊った。

 

岩にもまだ雪が残っていて、モノクロの世界の中にいるようだ。

窓の外の景色を見ているのか、水墨画を見ているのか。

 

彼らの音楽が、寝ぼけている私に微笑んでくる。

耳元でささやくような声は、まるで車窓の向こうで吹いている風がこっちにまで抜けてきているよう。

 

こんな音楽に寄り添える景色が日々の生活の中にあるのは、幸せなこと。

 

音楽は、絵画や彫刻と違って一瞬で消えてしまう。

車窓からの景色がどんどん変わって行くように、

山の上にある家の灯りがどんどん遠ざかっていくように。

けれど、それは素敵なこと。

その儚さがあるからこそ、幼い頃に聴いた声だったり、その昔好きだった懐かしい歌が、いつまでも心の中に残っている。

 

雪解け水が流れる光景を見ながら、私はまたウトウトし始めた。

ベルゲンはまだまだ遠い。